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本を読む人、本を書く人

本を読むときは、普通ある程度のスピード感を持って読んでいる。

そうでない限り、頭の中で内容を組み立てていくことはできない。特に小説などを読むときは一文一文分析しながら読んでいては、話の筋をつかむことはできない。



今論文を書くという慣れないことをしているが、下手なりに試行錯誤しているうちにだんだんこう書けばいいんじゃないかということを思いついてくる。


ある新しいアイディアが思いついた時にそれを紙に書く。(パソコンに打ち込む)
しかしそのアイディアに至るまでの過程を自分はわかっていても、読む側にとっては唐突に訪れることになる。
新しいアイディアを提示した時、それを読む人に納得させる必要がある。
納得させる文章が書ければまったく問題ないが、なかなかそうもいかない。下手だから。


そこでスピードが出てくる。
あるアイディアに対して、それを説明する内容はともかく、長く時間をかける(たくさん文章を書く)分だけ読む人の印象を深めることになるのではないか。
それはアイディアが斬新であればあるほどである。


そのためにはいろいろな比喩や異なる側面からアイディアを照らす方法を知っていなければならない。

しかし難しく考えるとさらに問題は複雑になる。



なので音楽にたとえてみることにした。

曲想や音色が変化し、それをどうしても聴く人に伝えたいとき
変化した後の状態を保っていない限り、それは変化したことにはならない。
聴く人の耳に届いて、ホールの空気感が変わるのを体感するまでに流れている時間は
変化する前との落差が大きいほど長いはずである。

演奏者は変化する瞬間、聴く人と同じように感じていないと、聴く人と同じ時間は過ごせない。
演奏者にとって予想されていた変化でも、そのときは初めてその変化に出会ったように感じていたいのである。


全く異なる分野の話だが、
文章あるいは音楽を媒介にして
時間の流れを共有しているという点では、同じ思想があるのかもしれない。




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プロフィール

Mari Kawagishi

Author:Mari Kawagishi
川岸麻理

ピアニスト。ダックスフント大好き。

神奈川県出身。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、同大学音楽学部を経て、同大学院修士課程ピアノ専攻を修了。2007年秋よりスイス政府奨学生としてチューリヒ音楽大学のソリストディプロマコースに留学し2010年に修了。

東京藝術大学卒業時に同声会賞受賞、同新人演奏会に出演。第75回 読売新人演奏会に出演。社団法人日本演奏連盟主催により東京文化会館小ホールにてピアノリサイタルを開催。
現代音楽室内楽国際コンクール(ポーランド)デュオ部門第3位。第19回カントゥ国際ピアノコンクール(イタリア)第2位。東京藝術大学大学院修了時に東京工業大学の入学式演奏会にソリストとして推薦され、東京工業大学管弦楽団とコンチェルトを共演。Musique en Valle du Tarnにピアニストとして招聘され、南仏にて連続ソロリサイタルを開催。

これまでに、Winterthur Musikkollegium、Orchestra Filarmonica "Mihail Jora" di Bacau 、東京工業大学管弦楽団、横須賀交響楽団、ヤマハ池袋吹奏楽団と共演。
Duo Epitaph(デュオ・エピタフ)、Ensamble Resonance(アンサンブル・レゾナンス)に所属。ヤマハ主催浜松管楽器アカデミー公式伴奏者。
現在、ソロ、室内楽及び伴奏等で国内外における演奏活動を行うとともに、後進の指導にあたっている。

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